ショーンベルガー『ビッグデータの正体』とプライバシー

 
 少し長くなりそうなので最初に結論。Viktor Mayer-Schornbergerは天才。
 
 さて何かというと、昨日の情報NW法学会ソーシャルメディア研究会で「ソーシャルメディアの最大の特徴は?」と問われてホッブズの話して、規範の話を問われてアブナー・グライフの話してたら(もちろん後で顰蹙)石川健治先生の『自由と特権の距離』を思い出して、今日の午後から喫茶店でサンドイッチ食べながら再読してたら、「カール・シュミットみたいな共通の参照軸が情報政策にもあったら議論もクリアになるんだけどなあ」とか思って、レッシグが試みて以来そういう人出てないなあベンクラーも厳しいしならバリアンやチロルのが実用的だなあ、そういえばoxのショーンベルガーはどうだろう、『忘却の美徳』はじめ良いんだけどそこまでではないしな、そいえばこんど出した“Big Data: A Revolution That Transforms How We Work, Live, and Think”はどうだろうと思って届くの待ちきれずiPadキンドルでDLして読んでたのでした。16時から読み始めて遅いお昼ご飯に間に合うかなあと思って頑張ったのだけど(以上ほぼtwitterより)、結局ちくちくと1時間半かかって先ほど全頁読了したのでちょっと読書感想文。
http://big-data-book.com/

Big Data: A Revolution That Will Transform How We Live, Work, and Think (English Edition)

Big Data: A Revolution That Will Transform How We Live, Work, and Think (English Edition)

 長い前置きは以上にして早速内容へ。全243頁10章のうち7章までは「全く」法制度の話が出てこず延々とビッグデータの技術やビジネスの話が続いて正直「えー」という感触。もちろん「それ系」としてのクオリティは7章までも最高レベルで、主な読みどころを挙げると以下の通り(ページ数はキンドル依拠、たぶん紙も同じ)。
 
・77pに産業技術大の越水重臣先生の研究が紹介されてる!車盗難防止技術の話。
・115pにオープンデータの話。内容はベーシック。
・132pにアマゾンキンドル読書履歴データ分析の話。
 
 あとは強いて言えば133pのData Intermediaryの話が少し面白かったくらいでご飯行こうかなあと思い始めてたんだけど、これまでは単なる序章に過ぎず(おそらくここまでは共著者の方が書いてるな)、第8章から突如ショーンベルガーの本領が発揮され始めます。1行も目が離せなくなります本当に。ここからはぜひビッグデータ関係者はみなさますぐにでも読んで頂きたいのだけれど簡単に概略。
 
 まず第8章、「RISKS」。ビッグデータのプライバシーに関する一般的なリスクの話が続いた後、それを保護するために「notice and consent」もダメ、「包括的同意」も当然ダメ、かといって「オプトアウト」もダメ、しまいにはPaul Ohmを引きつつ「匿名化」もダメという話になって、ではどうするのという感じになります。
 そしてもうひとつのリスクとして、「Probability and punishment(157p)」、つまりビッグデータ解析によって個人の将来が予測可能になる中、人がそれによって評価されて、映画「マイノリティ・レポート」なんかを引きながら(松井先生南先生ごめんなさい、これボーンスプレマシーではなかったです、、)、しまいにはそれによって国家から罰を受けるようになるディストピアまで。さあどうしましょう。
 
 そして第9章「Control」、解法の章です。ここが本書の白眉。プライバシーの保護法制については従来の個別同意前提の「privacy by consent」から、説明責任と対応義務を重視した「privacy through accoutability」に全面移行するべきだという一瞬たまげるようなラディカルな主張が行われます(172-175p)。その具体的な姿は要約が難しいけれど、PIAなんかに基づいて事前のリスクをしっかり判定して事後の消去・訂正義務を強化した上で、「事前許諾」という考え方から離れなければ、もはやビッグデータの価値もプライバシーの保護もどちらも実現不可能だろうという、きわめて説得的な議論が行われます。
 同章は続いて「People versus predictions(175p)」、予測による害をいかに防ぐか。中心的主張を要約すると、「個人はその『傾向』に対してではなく、『行い』に対してこそレスポンシブルであるべき」。この原則は法制度だけではなく私人による私人の評価、すなわち採用や昇進、解雇にも当てはめられるべきであると。これはこないだカタリナさんとお話ししたEUデータ保護指令案の「不正入手されたデータによって評価されない権利」の話にもつながりますね。昨日研究会でも焦点になった「忘れられる権利」はどちらかというとaccoutabilityの方。そして両方とも、基本的にはmidataやスマグリデータ共有を含む近年の英国の議論をサポートする内容に読めることは言う間でもありません。
 そしてさらに同章、「The rise of the algorithmist(179p)」。ショーンベルガーによれば、もはや今後は「データアナリスト」は古くて(とまでは言ってないけど)、アルゴリズムを設計して実装できる「アルゴリズミスト」が圧倒的に重要になる、という主張です。そしてその倫理は共同規制的手法によって強力に担保されることが不可欠であると。ここのところアルゴリズムの方々とずっと一緒に論文書かせて頂いていたのでこの主張には心から理解と賛同を表したいと思います。Tendaさんたちの出番ですよ!ショーンベルガー先生は今はドイツにはいないけど、こんどフライブルク行く機会などに合わせてアポでも取れたらいいなー。
 
 第10章は少し評価が分かれるかも。いやしかし、本当にショーンベルガー先生の実力を改めて心から、思い知らされたのでした。情報法に携わる方々も、そしていま色々とクレストさきがけにご対応されている方々も(どちらも僕だ)、8-9章のみといわず全頁熟読されることを改めて心からオススメ致します。
 それにしても一番の発見は実はiPadキンドルの恐るべき使い易さでした!iPadで洋書Cover to Coverしたのは初めてだけど、紙と比べて全く不自由を感じないというか、しおりやアンダーライン機能が圧倒的に使い易くて、むしろ紙よりも圧倒的に効率的。そしてさすがにそろそろ朝からサンドイッチとケーキしか食べてないまま限界が近づいてきたのでラーメン食べて明日所内締切のさきがけ申請書仕上げますー。
 
 
※同日深夜追記:なんと夜になって気付いたんですが5/21に邦訳が出てる(汗)。いやこれは素晴らしい、ぜひアクセスください(本投稿中のページ数は原著Kindleなのでご注意くださいませ。英語表現も読み易いので原文もオススメ)。とゆわけで元の記事タイトルは何言いたいかわかりにくかったこともあり、ちょっと合わせて変更。
ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える

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